親族外承継とは、事業を親族以外の人に承継させる方法です。
親族外承継は、大きく「役員・従業員への承継」と「社外への承継」の2つがあります。
本記事では、2つのケースについて、それぞれの方法やメリット・デメリット、流れ、注意点について、また、事業承継を行う際のサポート先や、譲渡の際の税制面についても触れて解説します。
後継者を決めてから事業承継が完了するまでの移行期間(後継者の育成期間を含む)は、3年以上を要する割合が半数を上回り、10 年以上を要する割合も少なくありません。
円滑な事業承継を実現するためにも、できるだけ早く事業承継の計画を立て、準備に着手しましょう。
本記事が、親族以外に事業を承継したいとお考えの経営者の皆様の一助となれば幸いです。
目次
1.親族外承継とは
親族外承継とは、事業を親族以外の人に承継させる方法です。
近年、後継者確保の困難化などの影響から、親族外承継は増加傾向にあります。
※帝国データバンク 全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)
2.親族外承継の2つのパターン
親族外承継は、大きく「役員・従業員への承継」と「社外への承継」の2つに分類されます。
下の表は、「役員・従業員への承継」と「社外への承継」について、主な方法、メリット・デメリットについてまとめたものです。
役員・従業員への承継 | 社外への承継 | |
---|---|---|
主な方法 | ・MBO(マネジメント・バイ・アウト) ・EBO(エンプロイー・バイ・アウト) | ・M&A |
メリット | ・経営者としての能力のある人材を見極めて承継させることができる。 ・社内で長期間働いてきた役員・従業員であれば経営方針等の一貫性を保ちやすい。 | ・親族や社内に適任者がいない場合でも、広く候補者を外部に求めることができる。 ・現経営者は会社売却の利益を得ることができる。 ・企業改革の好機となり、更なる成長の推進力となる可能性がある。 ・買い手の経営ノウハウや資金力を活用することによる、シナジー効果が期待される。 |
デメリット | ・親族への承継と比べると、後継者を育てる時間が少ない。 ・自社株や事業用資産の取得、現経営者の個人保証の引継ぎなど、後継者に資金力が必要とされる。 | ・買い手が現れるとは限らない。 ・企業文化や労働環境が変化する可能性がある。 ・承継の手続きが複雑。 |
次章からそれぞれについて、解説していきます。
3. 【パターン1】役員・従業員への承継
親族内承継の減少に伴い、役員・従業員への承継の割合は近年増加しています。
その理由は、役員や従業員が、自社株等を取得することにおいて、大きな課題であった「資金力問題」について、種類株式や持ち株会社、従業員持ち株会を活用するスキームが浸透してきたことや、事業承継税制の対象に、親族外の後継者も加えられたことなど、より実施しやすい環境が整い始めていることがあると考えられます。
3-1.メリット・デメリット
メリット | ・経営者としての能力のある人材を見極めて承継させることができる。 ・社内で長期間働いてきた役員・従業員であれば経営方針等の一貫性を保ちやすい。 |
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デメリット | ・親族への承継と比べると、後継者を育てる時間が少ない。 ・自社株や事業用資産の取得、現経営者の個人保証の引継ぎなど、後継者に資金力が必要とされる。 |
3-2.流れ
下の表は、役員・従業員への事業承継に向けた流れを、6つのステップにしたものです。
事業承継は計画から実行まで5年程度、長ければ10年かかると言われています。従業員への承継の場合、親族内承継と比べて、後継者の育成・引継ぎ期間が限られている場合が多いです。できるけ早く準備にとりかかかることが重要です。
役員・従業員への事業承継に向けた流れ
ステップ1 | 会社の現状の把握と経営改善 引きつぐ側も引き継ぎやすい会社になるよう、経営状況や経営課題を把握し、経営改善に取り組む。 |
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ステップ2 | 後継者候補の選定 長年会社にいる役員となってるようなメンバーだけではなく、有望な若手を育成することも含め、幅広い視野で選定する。 |
ステップ3 | 事業承継計画書の作成 後継者とともに、現状とリスク等を把握の上、中長期目標を設定する。 事業計画や資産の移転計画を含む事業承継計画を策定する。 |
ステップ4 | 関係者への周知 上記計画を、親族、取引先や役員・従業員、取引金融機関に共有しておくことで、関係者の協力を得やすいようにしておく。 |
ステップ5 | 株式の譲渡 自社株の譲渡を行う。後継者の資金力等に問題がある場合には、先に経営権だけを譲渡しておくことも考えられる。 |
ステップ6 | 候補者への引き継ぎ・ポスト事業承継 代表取締役を交代する。後継者が新たな視点をもって従来の事業の見直しを行い、新たな成長ステージに入ることが期待される。 |
3-3.注意点
役員・従業員への承継を行う場合の注意点として、以下のことがあげられます。
3-3-1.親族株主との関係性
親族以外の役員や従業員が承継を行う場合の注意点として、親族株主の了解を得ることがあります。
事後に紛争が生じないよう、現経営者のリーダーシップのもとで早期に親族間の調整を行い、関係者全員の同意と協力を取り付け、しっかりと道筋を付けておくことが重要です。
3-3-2.後継者の資金力問題
親族以外の役員や従業員が承継を行う場合、自社株や事業用資産の取得に必要な資金を持っていないことも多くあります。資金不足の際は、解決法として、主に次のような選択肢が挙げられます。企業の状況により最適な方法は異なるため、早めに事業承継の専門家に相談するとよいでしょう。
・自社株の評価額を下げ、承継しやすくする
・銀行やファンド・VCから融資を受ける
・種類株式や持ち株会社、従業員持ち株会を活用する
・銀行などからの資金調達を目的としたMBO、EBOによる株式取得を行う
・事業承継税制を活用する
3-3-3.経営者保証等への留意
経営者保証つきの借入金は、後継者への事業承継にあたって大きな課題の一つです。
経営者保証つきの借入金がある会社が倒産すれば、経営者自身がその保証債務を履行しなければなりませんから、後継者にとって経営者保証の負担は大変重いものです。また、金融機関にも経営者保証の引継ぎについて了承を得る必要があります。
そのような経営者保証の問題を解決するために、経営者保証ガイドラインが策定され、事業承継特別保証制度が開始されました。ただし、活用には一定の要件を満たす必要があります。
詳細は下記をご覧ください。
■中小企業庁 事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策
4. 【パターン2】社外への承継
後継者確保の困難などの影響から、社外への事業承継としてM&Aを行う事例は、規模の大小を問わず、近年増加傾向にあります。
中小企業のM&Aを専門に扱う民間のM&Aの支援機関が増えてきたことや、国の事業承継・引継ぎ支援センターが全国に設置されたことから、M&Aの認知が高まったことも一因となっていると考えられます。
4-1.メリット・デメリット
メリット | ・買い手の経営ノウハウや資金力を活用することによる、シナジー効果が期待される。・親族や社内に適任者がいない場合でも、広く候補者を外部に求めることができる。 ・現経営者は会社売却の利益を得ることができる。 ・企業改革の好機となり、更なる成長の推進力となる可能性がある。 ・買い手の経営ノウハウや資金力を活用することによる、シナジー効果が期待される。 |
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デメリット | ・買い手が現れるとは限らない。 ・企業文化や労働環境が変化する可能性がある。 ・承継の手続きが複雑。 |
4-2.流れ
下の図は、M&Aの一般的な流れを9ステップにまとめたものです。
ステップ1 | 意思決定 必要に応じて支援機関に相談しつつ、M&Aを実行すべきかどうかについて意思決定を行う。 |
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ステップ2 | 仲介者・FAの選定 必要に応じて仲介者・FA(フィナンシャル・アドバイザー)を選定する。 |
ステップ3 | バリュエーション 仲介者・FA や士業等専門家が、譲渡側経営者との面談や提出資料、現地調査等に基づいて譲渡側の企業・事業の評価を行う。 |
ステップ4 | マッチング(相手探し) 仲介会社が売り手と買い手の間に立ち、それぞれの希望・条件に合った企業をマッチングする仲介パターンや、売却候補企業に対して、買収を希望する企業が入札するオークション形式がある。 |
ステップ5 | 条件交渉 交渉の進め方は、事例ごとに様々。 トップ面談は、譲受側の経営理念・企業文化や経営者の人間性等を直接確認するための場であり、その後の円滑な交渉のためにも重要な機会となる。 |
ステップ6 | 基本合意の締結 譲渡側・譲受側の主な了解事項を確認する目的で、基本合意を締結する。 |
ステップ7 | デュー・デリジェンス(DD) 譲受側が、譲渡側の実態について専門家を活用して調査する。 |
ステップ8 | 最終契約の締結 DDで発見された点について再交渉を行い、最終的な契約を締結する。 |
ステップ9 | クロージング M&Aの実行。株式や事業の譲渡、代金の支払いを行う。 |
4-3.注意点
4-3-1.企業価値を十分に高めておく必要がある
M&Aを行うにあたっては、本業の強化やガバナンス・内部統制体制の構築により、起業価値を十分に高めておく必要があります。現経営者はできるだけ早期に支援機関に相談を行い、企業価値の向上(磨き上げ)に着手することが必要です。
4-3-2.十分な時間的余裕をもって望むこと
M&Aによって最適なマッチング候補を見つけるまでの期間は、M&A対象企業の特性や時々の経済環境等にも大きく左右され、個別の事案によって幅があります。買い手がなかなか現れないケースも想定しておく必要があります。
また、相手がみつかった後も、数回のトップ面談等の交渉を経て、最終的に相手側との合意がなされなければM&Aは成立しません。このため、M&Aを実施する場合は、十分な時間的余裕をもって望むことが大切です。
4-3-3.秘密保持を徹底する
M&Aに関する手続きの全般にわたって、秘密を厳守し情報の漏えいを防ぐことは極めて重要となります。外部はもちろん、親戚や友人、社内の役員・従業員に対しても、知らせる時期や内容には十分注意する必要があります。関係者に知らせる時期について、まずは譲渡側・譲受側で、しっかり協議しておくことが大切です。
M&Aの最終契約締結前に、極秘に親族や幹部役員等のごく一部の関係者にのみ知らせることもありますが、それ以外の関係者に対しては、原則として、可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるようにしましょう。
取引先や従業員に意図せず情報が伝わってしまったり、経営者が不用意な一言を発したりしたせいでトラブルとなり、M&Aが頓挫してしまうケースもありますので十分に注意しましょう。
5.親族外承継を進める上でのサポート先
事業承継を進めるにあたっては、会計・税務・法務といった多分野の専門知識が必要不可欠です。会社にとって最善の方法を選択し、納得のいく形での事業承継を実現するためにも、専門家・専門機関の力を借りることをおすすめします。
下の表はサポート先の一例です。
税理士 | ・「自社株」や「有形の経営資源」の承継に不可欠である「税務の専門知識」がある |
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金融機関 | ・顔なじみの担当者がいるため、相談しやすい ・自社株の承継は提携先の税理士を紹介して対応 |
事業承継専門のコンサルティング会社 | ・法務、税務、M&Aなど様々な専門家が在籍しているので、様々な相談にのってもらえる ・費用は高額になりやすい傾向がある ・担当者の専門分野や資格の有無などの確認は必要 |
商工会議所 | ・「まずは気軽に相談したい」という方におすすめ ・個別具体的な相談は、提携先の専門家を紹介して対応することになる |
M&Aコンサルティング会社 | ・M&Aで事業承継をすると心に決めているのであればおすすめ ・M&Aを前提とした事業承継を進められるリスクあり |
■川島さん記事 リンク
6.親族以外の人が事業承継税制を利用する場合の注意点
事業承継税制とは、後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。
後継者の資金力問題の解決策の一つとなる制度ですが、実際に適用されるためには、対象株数や承継パターンに制限がありますので、税理士や専門家に相談することをおすすめします。
特に、親族以外の人が適用する場合には、相続が発生した時に親族とトラブルにならないよう、事前によく話し合っておくことが重要です。
■国税庁 事業承継税制特集
失敗事例
オーナーには2人の娘がいましたが、いずれも後継者ではなかったため、親族ではない社員を後継者として株式を承継することになりました。後継者はオーナーからの贈与によって株式を取得したため、事業承継税制を適用し、贈与税の納税猶予を受けました。
その後オーナーに相続が発生したため、後継者は相続財産とみなされた株式にかかる相続税について、事業承継税制を適用しようと考えていました。
ところが、オーナーの財産は株式以外はわずかであったため、後継者は2人の娘から遺留分に相当する金銭の請求を受けてしまいました。後継者は株式の一部を売却して得た金銭を、2人の娘に払うことになりました。
株式の売却が経営承継期間内であったため、後継者は事業承継税制を適用することができず、相続税の納税猶予を受けられなくなってしまいました。
出典:〈4訂版〉税理士が見つけた!本当は怖い事業承継の失敗事例55 (失敗から学ぶ実務講座シリーズ)
7.まとめ
事業の親族外承継をご検討の経営者の皆様に、以下のことを解説してまいりました。
・承継先は大きく「役員・従業員への承継」と「社外への承継」の2つがあること
・それぞれの方法やメリット・デメリット、流れ、注意点について
・事業承継を行う際のサポート先
・事業承継税制について親族外の方が利用する際の注意点
親族外承継には、後継者の育成、M&Aの相手探しなど、時間がかかります。後継者を決めてから事業承継が完了するまでの移行期間(後継者の育成期間を含む)は、3年以上を要する割合が半数を上回り、10 年以上を要する割合も少なくありません。
円滑な事業承継を実現するためにも、事業承継について考えはじめたら、まずは、サポート機関へ相談してみることをおすすめします。
本記事が、親族以外に事業を承継したいとお考えの経営者の皆様の一助となれば幸いです。