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無償貸与は金銭が発生しないため、税務リスクはないと思っている経営者や経理担当者も多いかもしれません。しかし、場合によっては税務リスクが発生する可能性があります。というのも、無償貸与による経済的利益を利益として計上しなければならないケースや、無償貸与が給与とみなされるケースがあるからです。
これまで会計処理は行わずに済ませていたとしても、これからも大丈夫だとは限りません。どんな税務リスクがあるのかケースごとの事例を見ていくとともに、対策も紹介します。
本記事で無償貸与の税務リスクを知り、適切な対応ができるようにしましょう。
目次
1.無償貸与には税務リスクがある
無償貸与では、状況によって税務リスクが生じます。「貸与」は所有権の移動はありませんし、「無償」であれば金銭も発生しません。しかし、何も処理をしなくて良いとは限りません。貸与の規模やケースによっては会計処理が必要なことがあるのです。動産や不動産の貸与、自社の人材を無償で他社に貸与する場合など、幅広いシーンで税務リスクが発生する可能性があります。
とはいえ、無償貸与の対象や状況によってリスク発生の有無は変わってきます。だからこそ税務リスクを知っておくことや、相手方と税務リスクについて認識をすり合わせておくことが重要です。
2.無償貸与において想定される3つの税務リスク
考えられる税務リスクを3つ紹介します。
2-1.リスク1.課税される可能性がある
無償貸与は法人税や所得税の対象となるリスクがあります。無償での貸与によって借り手に経済的利益が生じた場合、その利益は法人税(もしくは所得税)の課税対象とされる可能性があります。
2-2.リスク2.無償貸与にかかる会計処理が必要になる
金銭の動きがない無償貸与でも、経済的利益が生じるときは会計処理が必要です。貸し手と借り手、どちらにも影響を及ぼすため、双方で適切な会計処理をする必要があります。
法人が法人に無償貸与をした場合と、受けた場合の基本的な会計処理は次の通りです。
- 貸し手
無償で提供した経済的利益は「寄付金」として計上するのが一般的です。 - 借り手
受けた経済的利益を「受増益」として計上するのが一般的です。
2-3.リスク3.税務調査で指摘される可能性がある
自社では適切に会計処理をしているつもりでも、税務調査で指摘される可能性があります。というのも経済的利益の有無を判断することは簡単ではないためです。経済的利益があるときは「利益の適正価格」を設定しますが、明確な基準がないため適正価格の判断も難しいです。
税務リスクを承知のうえで会計処理を行ったにもかかわらず、税務調査の指摘が入るかもしれません。
3.法人が無償貸与を受けた場合の税務リスク
法人が無償貸与を受けた場合に想定される税務リスクを、事例を挙げてご紹介します。
3-1.【事例】社長の土地を自分の会社に無償貸与した
社長が自宅の敷地を、自社の資材置き場や社用車の駐車場として無償貸与するケースです。結論として、会社は法人税が課税される可能性があります。
というのも、会社(借り手)に借地権が発生すると考えられるからです。つまり、会社は借地権という経済的利益を無償で得ている状態です。借地権の権利金を支払わない場合に課されるのが「権利金の認定課税」です。
<権利金の認定課税>
法人が借地権等の権利を受け、かつ権利金を支払う慣行があるにもかかわらず権利金が発生しないときに課される法人税です。個人の場合は贈与税が適用されるため、「権利金の認定課税」は法人が対象です。
参考 No.5730 国税庁「権利金の認定課税について」
社長の税務リスク
本事例では、将来的に社長の相続時にも税務リスクの懸念があります。「小規模宅地等の評価減(特定同族会社事業用宅地等)」の特例が使えないため、相続時の評価額が自用不動産扱いとなるからです。
4.法人が社内へ向けて無償貸与を行った場合の税務リスク
法人が従業員や役員など、社内へ向けて無償貸与を行ったときに想定される税務リスクを、事例を挙げてご紹介します。
4-1.【事例】社用車や自社設備を従業員へ無償貸与した
社用車や使っていない設備を無償貸与するケースです。結論として、自社従業員への無償貸与でも経済的利益が従業員への現物給与とみなされる可能性があります。給与所得となった場合、従業員の所得税が発生します。
金銭以外の現物もみなし給与の対象となるので注意
国税庁のサイトでは「土地建物」「金銭」「資産」について、無償または低い対価により貸し付けたことによる経済的利益はみなし給与となると明記しています。
なお、対象物を低価で譲渡したとしても、時価と譲渡額との差額がみなし給与ととされる可能性があります。
詳細 国税庁「No.2508 給与所得となるもの」
<福利厚生費>
場合によっては、従業員への経済的利益を福利厚生で計上可能です。永年勤続表彰によるカタログギフトや旅行券、出産祝い等は社会通念上相当額であれば福利厚生費で計上することができます。福利厚生費であれば、当然所得税もかかりません。ただし、全ての従業員に平等に支給することが求められるため、従業規則で支給条件や金額を決めておくことが望ましいです。
みなし給与は社会保険料にも影響
貸与している土地建物や資産が「みなし給与」に該当する場合、社会保険料の計算においてもみなし給与額は加算されます。従業員は実際に給与として受け取った金銭と比較し、社会保険料の水準が高いと感じるかもしれません。
5.法人が取引先に対して無料貸与を行った場合の税務リスク
法人が取引先へ無償貸与を行ったときに想定される税務リスクを、事例挙げてご紹介します。
5-1.【事例】社用車や自社設備を無償貸与した
社用車や使っていない設備を取引先に無償貸与するケースです。この場合、無償貸与により取引先が得た経済的利益が「益金」とみなされる可能性があります。その場合、借り手である取引先で法人税が発生します。また、貸し手である法人側でも利益供与について寄附金認定を受ける可能性があります。
5-2.【事例】人材を他社に貸与した
懇意の取引先で大きな展示会が行われ、自社の社員を無償で労働させた、といったケースです。取引先からの金銭の授受はありませんが、勤務時間内に貸与しているため自社で給与が支払われているとします。この事例の場合は、取引先と自社の双方に下記のような税務リスクが発生する可能性があります。
※取引先との資本関係はないものとする
<発生する可能性のある税務リスク>
取引先 | 法人税の課税 |
自社 | 不正取引を疑われる可能性 |
- 取引先の税務リスク
無償の労働力提供(経済的利益)が取引先の「益金」とみなされる可能性があります。その場合、借り手である取引先で法人税が発生します。
- 自社の税務リスク
税務署等から「無償で労働力を提供した対価として受注で便宜を図るのではないか」のような不正取引を疑われるかもしれません。
6.無償貸与のリスクを避けるための対処法
法的な観点からリスクを避ける方法と、適切な経理処理によって税務リスクを低減する方法について見ていきます。
※全てのケースに当てはまる対処法ではありません。
6-1.法的観点からのリスク低減
- 土地の無償返還に関する届出書を準備する
「土地の無償返還に関する届出書」を法人の納税地を所轄する税務署長に提出します。貸し手と借り手が連名で申請すること、そして借地権にかかる契約書において、将来その土地を無償で返還することを定めます。それによって借地権にかかる経済的利益への課税(権利金の認定課税)が認定されなくなります。
詳細 国税庁「No.5730 権利金の認定課税について」
- 使用貸借契約(※)を交わす
無償貸与の内容を決め、書面を交わします。
例えば社用車を貸し出す際に、「無償貸与すること」「返還時期」「貸与の目的・理由」などを取り決めて書面にします。いわば無償貸与の取り決めを厳格にすることで、みなし贈与のリスクを減らすのです。
※使用貸借とは無償での貸し借りを意味します。ただし、使用貸借契約書は絶対的なものではありません。みなし贈与は外形ではなく実態で判断されるため、状況によってはみなし贈与とされる可能性があります。
- 自社の利益になる業務か精査する
人材の貸与の場合、自社の利益になる業務であれば、無償貸与の問題が生じにくいです。例えば取引先の展示会で自者の従業員を貸与する場合、展示会に自社に関わる製品があり、その設営等を手伝うのなら自社の営業活動の一環といえます。自社の利益と全く関係ない無償貸与は、その必要性や妥当性を見直してみてはいかがでしょう。
6-2.適切な経理処理によるリスク低減
経理処理における原則的な考え方は以下の通りです。
貸し手 | 無償で提供した経済的利益を「寄付金」として計上 |
借り手 | 受けた経済的利益を「受増益」として計上 |
寄付金は寄付金の上限の範囲内で損金算入が可能です。また、みなし贈与となる場合も同様に受増益で計上します。
会計処理の際は、経済的利益を正しく判断することも重要です。例えば、実際に供与した利益より計上した寄付金額が小さければ、差分が課税対象として指摘される可能性があるからです。
7.有償化することで無償貸与によるリスクを軽減できる
貸与による経済的利益を有償化することで、みなし贈与やみなし給与の税務リスクを低減できます。有償化は借り手にとっては納得しにくいものかもしれませんが、税務リスクを負うことを考えれば、メリットは十分にあります。
ただし、貸与の会計処理をするとき同様、経済的利益の適正な評価が必要です。適正価格の判断は貸与の種類や性質によって異なります。
例えば国税庁のサイトでは、「社宅に住む従業員に家具等を貸与した場合の適正価格は」との質問に対し、次のように答えています。
- 自社所有の家財 定額法による減価償却費相当額に、家財の維持管理費用相当額を加算
- リースによる家財 該当家財のリース料相当額
参考 国税庁「社員に家具等を貸与した場合の経済的利益」
このほか様々なケースがあると推測します。迷ったときは顧問税理士へ相談し、適正価格を設定しましょう。
8.無償貸与は税務調査で注目されやすい項目なので注意しよう
無償貸与は税務調査で注目されやすいです。というのも、社内で以下のようなことが起こりがちなためです。
- 当事者が税務リスクを知らず、社長や現場責任者が口約束で無償貸与を行ってしまう
- 書面がない、あっても問題を軽視することで無償貸与の事実が経理担当者へ共有されない
- 経理担当者へ無償貸与の事実が共有されても、適切な経理処理がなされない
経理処理の欠如やミスが生じやすいので、税務調査で無償貸与の事実が分かると入念に確認されるのです。まずは社長や経理部で税務リスクを把握し、次いで社内で広く周知を図るといいでしょう。
9.税務リスクを防ぐためには、早めに専門家へ相談することが重要です
もしかしたら、貴社にも無償貸与による税務リスクが潜んでいるかもしれません。長年慣例で無償貸与している事実があったら、顕在化する前に専門家に相談することをおすすめします。
無償貸与がみなし贈与やみなし給与になるかは状況によって異なりますし、無償貸与の対象によっても対応が異なります。有償化で事態の適正化を図る場合は適正価格の見極めや無償貸与の相手方とも交渉が必要です。相手方の理解が得られないときは、話し合いが長引くことも考えられます。話し合いをスムーズに進めるためには、正確に税務リスクを伝え、リスク回避の必要性を分かってもらうことが有効です。
税理士に事前相談することで、起こりうるリスクを正確に把握できるため、より適切な対応がとれるでしょう。
10.まとめ 無償貸与の税務リスクはケースごとに適切な対策をしよう
無償貸与の税務リスクを把握していない経営者や経理担当者も一定数いることでしょう。また、税務リスクがあることは知っていても、具体的な内容については曖昧かもしれません。しかし、税務リスクが発生することと、リスク内容は知っておく必要があります。
もしも自社で無償貸与が行われている場合は、税務リスクの有無を確認しなければなりません。税務リスクがあると考えられるケースでは、適切な対応に向けて早期に動くことをおすすめします。リスクの有無や対応で迷ったときは、専門家の力を借りて適切な判断をしてきましょう。